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2016/02/27

インドのコルビュジエ


インドにはコルビュジェが手掛けた建築プロジェクトが35あるそうです。
コルビュジェは、1951年に63歳で初めてインドに訪れ、その後、亡くなるまでに計23回もインドを訪れています。

コルビジェが都市計画規模で関わり大規模の建築が多いチャンディガールと、ジョーダン邸など小規模の名作が残る
アーメダバードで多くのコルビュジエ建築を見て来ました。


書き手&写真撮影:大山啓 / TATO DESIGN

繊維業会館 (1951-1954) アーメダバード

強い日差しを遮るブリーズ・ソレイユ(日除け)のファサードと、エントランスに至る長い斜路が印象的なドミノ・システムによる3層のコンクリート打ち放し建築。ここアーメダバードには、この繊維業会館以外に、サラバイ邸、ジョーダン邸の2つの名住宅、サンスカル・ケンドラ美術館が現存しています。繊維業会館は、コルビジュの建物の中でも最も空きスペースが大いものの1つと言われています。ブリーズソレイユで調整された柔らかい光と、自然光が気持ち良い空間でした。

高等裁判所 (1952-1956) チャンディガール

今回が3回目のインド旅で、コルビジェ建築を見て廻るのに一番はじめに訪れた街がチャンディガールでした。インドとパキスタンが1947年に分離独立して、インド側のパンジャーブ州が新州都チャンディガールの建設を決定、紆余曲折を経て1950年にその設計者に選ばれたのがコルビジェでした。そして1951年の63歳の時にコルビジェは初めてインドを訪れています。都市計画と共に多くの建築をこの街に残しました。その中でも高等裁判所、合同庁舎、議事堂は、コルビジェ建築の中でも最も大規模な建物です。

合同庁舎 (1953-1958) チャンディガール

コルビジェは、チャンディガールの都市全体を碁盤目状に47のセクターに分けられてます。1セクターの大きさは800m×1200m。正直、碁盤目状に整備されたセクターは、同じ様な建物が続く街並の風景は飽きたりしましたが...その最も北に位置するのが、この大規模建築群です。特に全長245m、高さ42mの合同庁舎は圧巻、所々の窓ガラスが割れていたり、決して仕上りの良くないコンクリート表面から逆に強い存在感を感じました。

議事堂 (1955-1962) チャンディガール

そして、その中でも個人的に一番好きな建築が、議事堂。周りが水盤で囲われ、象徴的な半円状の樋から雨水が直接水盤へ落ちる様がとても素敵です。また、写真ではあまり写っていませんが、正面玄関の赤、黄、緑、青色で描かれた大きな扉、側面のブリーズソレイユ(日除け)越しにも原色で塗装されたスチールサッシが使用されており、インドっぽさも感じられる建物でした。

今回の旅は、ルイス・カーン設計のインド経営大学や、ル・コルビュジェの元で働き、ルイス・カーンと一緒に仕事をした経験のあるインド人建築家B.V.ドーシ設計の大学CEPT。ドーシの事務所サンガトなど、今まで気になっていた建築を沢山見て歩く事が出来、良い経験になりました。

[参考文献]
ル・コルビュジエ 全作品ガイドブック / 丸善出版
ル・コルビュジェのインド / 彰国社
インド建築案内 / TOTO出版

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